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フリマチック・パーク
星井願太郎のブログ小説
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フリマチック・パーク
2008年03月15日
第3回「ゴクミ男と銃声」
>>前回の話を読む
嬉色は仕方なくレジャーシートの上に座って、数々の商品を眺めていた。
安物の腕時計、ボロボロのスニーカー、碁盤、「非常持出袋」と書かれた銀色テカテカの大きな袋、すき焼き鍋……、そこには何の統一感もない。
とりあえずじっと待っていれば、そのうち戻ってくるだろう。どうかこのまま、誰も私に話しかけませんようにと嬉色は祈った。
だいたいの人は、少し前かがみになって商品を一瞥し、そのまま去っていく。こんなガラクタを買おうとする人間は、そうそういまい。
ちょっと安心した嬉色は、携帯電話を忘れてきたことに気づいた。これでは時間もわからない。13時10分に起きて、5分後には家を出ていたから、今はまだ13時20分くらいか。フリマの終了は確か、16時頃だった。
まさかそれまで戻ってこないなんてことはないだろう。
そうやって考えこんでいると、急に怒りがこみ上げてきた。白いコートを着たスキンヘッドだからって、見ず知らずの乙女を店番にする権利がどこにある。だいたい「ハニー」なんて軽々しく……。
そうやって眉間に皺を寄せていると、一人の不審な男が、嬉色のレジャーシートの前で立ち止まった。茶色いスラックスに、くたびれたネルシャツ、そしてリュックサック。
顔からは汗、汗、汗。
ファッションセンスには真っ向から疑うとして、まだ桜も咲かぬこの早春に、なぜこんなに汗をかいているのか。嬉色は普通にぞっとした。脂肪分の多い体をしてはいるが、汗かきデブというには足りない。
彼はその指先で汗をぬぐいながら、じいっと商品を覗き込んでいる。そして手をさっと伸ばし……、ひっこめる。手をさっと伸ばし、ちらっと触り、ひっこめる。
彼が汗まみれの指で触っているのは、円筒状に丸められたポスターだった。
どうやら何のポスターなのか、確かめたがっているようだ。円筒の中を遠目にのぞき、小首をかしげ、戻す。ポスターは全部で5つほどあったが、そのすべてを確かめた後、また1つ目に戻っていった。
嬉色はそれをあえて無視した。「広げてみますか」「何なら持ってっていいですよ」そんな言葉をかけてやれば親切だったが、とてもそんな気にはなれない。
代わりに「早くどっかいけ。おととい来い」と心の中で毒づいた。
すると男はポスターを置いて、レジャーシートの前をすっと離れた。しかし男は名残惜しそうに、何度もチラチラと振り返る。
嬉色はその姿を目で追った。
男はポスターと嬉色を交互に見やっている。ポスターを30秒見て、嬉色を2秒見る。ポスターを30秒見て、嬉色を2秒見る。しかし自分もまた嬉色に見られていることに気付くと、そそくさと男は人ごみに紛れた。
「おい」
声がして嬉色が目を前に戻すと、新手の客が立っていた。
肩よりも長く伸びた髪に、丸くて真っ黒いサングラス。猫背の小さな男だった。泥臭いSF映画に出てきそうなアジア人を思い起こさせる。この男も、どうみてもカタギではない。
「いくらだ」
何の商品を示すでもなく、早口で彼はそう言った。
嬉色が答えられないでいると、
「ハウ、マッチ、イズディス」
と、やはり何の商品も示さないまま言った。
「アイ、ドント、ノー」
嬉色は答えた。
すると男はすっと腰を落とし、レジャーシートの上にある、ある物を取り上げた。赤い宝石がいくつか飾られている小箱だ。
彼はそのフタを開けた。一瞬、いぶかしげな顔をする。小箱の中に指を入れるが、何も出てこない。逆さにしても何も出てこない。彼は自分の耳元に小箱を持っていくと、小箱の横っ面をコンコンと指で叩いた。その後、底で少し出張っている縁の部分を爪ではじく。
すると底がパカッと開いて、中から小さなビニール袋が落ちてきた。男がそれを持ち上げる。袋の口は丸結びしてあった。袋の中身は、粉に見えた。
男はまだ嬉色が外国籍の女だと勘違いしているらしく、袋を持ってこう言った。
「リピートアフターミー。ハウマッチ、イズディス」
「……ハウマッチ、イズディス」
嬉色は命令通り、男の言葉を繰り返した。
しばらく沈黙が流れた。
代わりに嬉色が問いかける。
「ホワット、イズイット」
「イズイット? ディスイズア、ア……」
ドラッグだ、ドラッグに決まってる。嬉色はそう確信した。そして目の前のこいつはヤク中。
「……ア、ア、スナ」
「アスナ?」
「ノー。スナ。イッツア、ジャパニーズネーム、スナ」
なるほど、粉にしては粒が大きいようには見える。砂か。
「で、この砂がいくらするのか聞きたいのね」
「……なんだ、日本人じゃないか」
「ハーフだけどね」
とりあえず嘘をついた。
「そりゃそうだ、あの野郎が英語なんてしゃべられるわけないな。それで、それはいくらだ? どうせあの野郎のことだ、直接渡すのは照れくさいっていうんだろう。テルテルボウズのテルボウズってわけだ。ボウズが聞いてあきれるぜ」
「まあね」
よくわからなかったが、嬉色は相槌をうっておいた。
「で、いくらだ?」
「100万円」
「ふん、高くつくな」
「上物だからね。純度が違うのよ、純度が」
嬉色はわざと横にも聞こえるように、少し大きめの声で言った。誰か警察を呼んでくれればいい。公園でドラッグの売買が行われています。若い女がバイヤーで、長髪のマフィアが、白い粉を買おうとしています。しかし横に店を出しているおばさんは、客とバカ笑いをしていて気付かない。
「本物って、ことだな」
男は堂々と袋を高く掲げると、サングラス越しにジロジロと眺めている。きっと純度を確かめているのだろう。嬉色は自分の適当なウソがバレやしないかと、ヒヤヒヤした。
しかし男は、袋を見ながら小声でつぶやいた。
「……あのとき、たまをはずした俺が悪いんだ。しょうがないな」
「え、なに?」
「いや、こっちのタニシだ。それはともかくハニー、90万に負けてくれないか?」
またハニーと呼ばれた。どうやら女をハニーと呼ぶのが流行っているらしい。嬉色は、早く帰って猫のハニーを撫で撫でしたくてたまらなくなった。
「1,000円までしか、まけられない。99万9,000円ならいいよ」
「そうか、わかった。まあ妥当な値段だろう。もうあの頃から、何万年も経つし……。そうだな、あの野郎が戻ってきたら、カツメシって言っておいてくれ」
彼は黒いジャケットの内ポケットをまさぐった。
「カツメシね」
「ああ、イカメシだ」
そして出てきたのは、札束だった。今まで見たことのないほどの束。いや、嬉色は束自体を見たことがなかった、テレビでしか。本物の札束は、なんともいかめしかった。
「100枚ある。数えろ」
そうやってポイと嬉色へ札束が放り投げられた。
嬉色はドキドキしながら、札束を数え始めた。妙に気分が高揚していた。これが悪の世界の魅力というやつかなどとバカなことを考えていると、50あたりで数がわからなくなった。1に戻ってやり直す。
今度はなぜかアイツのことが思い浮かんできて、アイツが欲しがっていた大型のレーザーサーチライトもこれなら買えるかもなあと思っていると、40くらいで数がわからなくなって……。
そしていつのまにか、男は目の前から消えていた。
1,000円のおつりはいらないのだろうか。
嬉色は正座をし、札束をとりあえず膝の間に挟むことにした。このままトンズラすれば、大金持ちだ。レーザーサーチライトはともかく、森伊蔵をネットで何本も落札できる。
高い焼酎を買ってきてはアイツに怒られ、ケンカになり、そして結局はひれ伏させた毎日が思い浮かぶ。
でも今は家で飲むこともなくなった。一人で飲んでもそれほど楽しくない。
森伊蔵はいらない。この100万円は、別のことに使おう。
嬉色はお酒をあきらめた。
そうだ、ハニーのために使えばいい。毎日缶詰をあげよう。トイレには最高級の猫砂。部屋にはキャットウォークを作って、いつも私を見下ろせるようにしてやろう。
ブラシもそろそろ新しいのを……
嬉色が夢想にふけっていると、リュックの男がまたやってきた。彼は前よりも一層汗だくになっている。
さして興味もないだろうに、碁盤や非常袋をいじくる。さも初めてきましたよといった体で。しかし、彼の手はまたポスターに戻っていくのだった。残念ながらポスターはセロテープでとめられていて、その全貌を見ようと思ったら嬉色に一言お願いするしかない。しかも、その円筒の中からチラリと見えるのは、どうやら水着の女性だ。
男はとうとう、そのポスターを手に持ち、口を開いた。
「あの、これ」
嬉色はポスターを見た。そして、いぶかしげに小首をかしげて見せた。「あの、これ」程度で簡単に察してやるものかと。
「い、いくら?」
買うのか! まさか本当にこんなポスターを買うのか!
嬉色は呆れ果てながら、ズバリと言い切った。
「1万円」
さっきの砂が100万円なら、こっちは1万円だ。それほど高くもないだろう。
「え? 1万円?」
「うん、1万円」
あくまで冷淡にそう言い放った。
「あ、え? それは、ちょっと」
「じゃあいくらなら買うのよ?」
眉根にしわを寄せ、露骨に嫌な顔をして問いかけた。
「な、7,000円ならどうですか?」
「……」
相手の方が一枚上手だった。嬉色は言葉を失い、空を見上げる。
なんていい天気だろう。絶好のフリマ日和だ。
目の前の男は財布を出しはじめた。
今にも彼は、5,000円札1枚と、1,000円札2枚を財布から取り出そうとしている。
「……1,000円で、いいよ」
こんなポスターに1,000円でも解せないが、嬉色は手を前に差し出した。お金を受け取るつもりだった。あくまでそこに、1,000円札を1枚置いてくれという意思表示だった。100万円よりはずいぶん数えやすいに違いない。
だのに彼は、その手を握った。汗まみれのその手で。
そして、軽く揺すった。
「ありがとう」
男は感謝の言葉まで述べだした。意外とさわやかな笑顔が嬉色を見つめる。そして1,000円札を出すと、嬉色の手に置いた。しわくちゃの1,000円札。しかも濡れている。
そしてポスターを手に、彼は颯爽と立ち去ろうとした。
またわけのわからない人間が、嬉色の目の前から、わけのわからないままいなくなろうとしていた。白いコートのレックス・ルーサー、中国人マフィアのグラサン男、そして、そう、アイツと同じように。
みんなどうして、こんなに勝手なんだろう。
「ちょ、ちょっと待って」
嬉色は腹の底からしぼり出したような声で、男を引きとめた。
彼は立ち止まり、少し不安そうな顔をして嬉色を振り向いた。やっぱり1,000円では足りないと言われるとでも思ったのかもしれない。
「そのポスター、一体、何なの?」
「え」
「誰? その水着は、一体誰? なんで、1,000円も、払えるの?」
嬉色はそう、思い切ってたずねた。どんなバカげた答えでもいいから、理由を教えてほしい。納得できる理由を。
「……ゴクミ」
恥ずかしそうに彼は言った。丸められていたポスターのセロテープをはがし、彼はポスターの全体を露にして見せた。水着のゴクミが目の前に広がる。
「かなり貴重な、1990年の水着ショットだよ。たった1,000円で売ってくれるなんて。さすがに1万円はどうかと思うけど。ネットでも見つからなかったんだ。3,000円でも良かったと思うよ。いや、4,000円かな。あ、でも僕はもう、10万円でも売らない。いや、100万円でも売らないぞ!」
男が、いきなり饒舌になった。
しばらく彼は嬉色の反応を待っていたが、嬉色は何も言えなかった。
嬉色の頭の中では、ただ往年のアイドルの顔がぼんやりと浮かぶだけだった。
2人の間で、時が一瞬止まった。そして、
バァーン!
公園に突如轟音が鳴り響いた。嬉色は反射的に顔を横にそむけ、ゴクミ男は前のめりに倒れこんだ。いたるところで悲鳴が聞こえ、音の出どころを探そうと、みなが視線をさまよわせ、慌てふためいている。
今までおだやかだった公園は、一気に緊張状態に包みこまれた。
ゴクミに遅めのツッコミが入ったんだと、嬉色は頭を抱えながら思った。でもこんなに大きなツッコミを入れなくても……、ちょっとこれはやり過ぎだ。
一方、ツッコミを入れられたゴクミ男は、土の上に腹ばいになり、ガクガクと震えている。みじめこの上なかった。
これがただの爆竹ではないことは、そこにいるみんなが感じていた。
これは銃声だ。たぶん紛れもなく銃声だ。
それからパトカーのサイレンが聞こえてくるまで、ものの30秒もかからなかった。ある者は木の陰に隠れ、ある者は公園のフェンスを乗り越えようとし、ゴクミ男はお尻から槍で串刺しにされたかのような状態で死んだふりをしていた。
そして嬉色の頭の中では、レックス・ルーサーの姿と、あの中国人マフィアの顔が浮かび上がってきていた。
あの、あからさまな悪党面たちが。
「そうだ、あげあげだ!」
そんなことを言って立ち去った、ヤクザ者の顔。
「……あのとき、たまをはずした俺が悪いんだ」
そんなことを言って100万円出した、長髪グラサンの顔。
あたりは騒然としながらも、次第に統制を取り戻しつつあった。二発目は鳴らなかったし、誰も現場を見ていないからだ。パトカーが到着してしばらくすると、いくつかの勝手な憶測が飛び交い始めた。「テロじゃない?」「水道管が破裂したのよ」「誰か撃たれたっぽい」「悲鳴が聞こえた気がする」「アレが爆発したんじゃない?」「ああ、アレか」
嬉色はまだアレのことを知らなかったし、嬉色にしてみれば、それは銃声にしか聞こえなかった。
いつのまにか目の前からゴクミ男は消えていた。ポスターはちゃんと持って行ったらしい。
嬉色はただ座って事の成り行きを、とりあえず静観することにした。静観しながらも、周りに気づかれないよう慎重に、レジャーシートの上にある物を観察することにもした。
ほとんどがガラクタだが、ひとつだけ、悪のオーラがユラユラと漂い出ている物があった。銀色に光るジュラルミンケースだ。サイズは小さめで、週刊少年マンガ誌がやっと2冊入るほどだった。
銃が入っていたとしても、全然おかしくはない。
全然おかしくはない。
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