2008年07月のアーカイブ
>>前回の話を読む
2人の警察官がやってきたときも、嬉色は正座したままだった。その足の間には100万円がはさまっている。嬉色は足が重なっている部分に手を置き、一見おしとやかな女性に見せかけて、100万円を念入りに隠していた。何はともあれ、100万円のことは隠しておいた方が得策だと思えたのだった。
2人はどちらもアメフト選手のようなごつい体格をしていて、無表情だ。しかし身長差はかなりのもので、最初に話しかけてきたのは、嬉色とほぼ同じくらいくらいの背丈をした男だった。もう一人は、その1.5倍はありそうに見える。一瞬外国人かと思ってしまうほどの迫力があった。
「あなた、ずっとここにいました?」
「ええ」
「何時からですか?」
フリマは11時からのはずだった。それは覚えている。家の郵便受けに入っていた、フリマ出店者募集案内のビラを見ているからだ。アイツが残したマンガ本やガラクタを売ってしまえないかと考えて、中身に目を通していた。しかし土曜の11時開催なのを知り「そんな朝っぱらから、行けるかボケ」と軽く悪態をついたのを覚えている。
しかし11時と嘘をついたところで何になるだろう? そもそも、正直に話した方が身のためではないか。正直に言えば、警察官もわかってくれる。
膝の間に札束をはさんでいる理由も。
「13時20分からです」
「13時、20分?」
小さい警察官の表情が変わった
袖をまくり、腕時計を確かめる。
「ずっといたって、さっき答えたよね。あなた?」
「答えた気がします」
「今、何時かわかります?」
「14時くらい?」
「13時30分。13時20分からだと、まだ10分しか経っていないね。どういうことだろう? それでも、ずっといたってことになるのかな? それともお昼にでも行ってた?」
「ああ、じゃあ13時ちょうどくらいからいたかな。携帯電話忘れてきて、時間がよくわからないんですよ。腕時計もしてないし」
小さい警察官は眉間に皺を寄せ、足の爪先でトントンと地面を叩きはじめた。大きい警察官はというと、微動だにしない。
「出店を始めたのが、13時?」
「いえ。出店の時間は……、よくわかりません」
「なんで? 君が店を出したんじゃないの?」
「いえ」
「じゃあ、誰。誰なの」
警察官はジロジロと嬉色の顔を覗き込んだ。しかしなぜか目は見ず、少し下、鼻か頬のあたりをじっと見つめていた。その視線になんだか気分を害した嬉色は、「出店していたのは大きなハゲ頭です」と言うことができなかった。
「彼氏とケンカして、こんなことになってるんですよ。たぶん今日は戻ってきません。これでいいですか?」
嬉色は本当のことだけを言った。できれば「きっと明日もあさっても」と付け加えたいくらいだった。
レジャーシートの上に、小さな警察官が目を走らせる。ジュラルミンケースのところで視線が止まらないか、嬉色はヒヤヒヤした。しかし目を留めるどころか、彼の視線は隣の出店者、そしてそのまた隣、あげくの果ては空を振り仰いだ。
「彼氏ね、なるほどね、そう」
そしてそのまま2人は嬉色に背中を向け、立ち去った。
大きい方の警察官は、結局一言も声を発さなかった。
「え」
もっと核心を突いてくるものと、恐れつつも期待していた嬉色は拍子抜けした。しかし一度背を向けられた今、後ろから声をかける勇気もない。もう一度話したい相手でもなかった。
彼らは、まだざわついている公園内を、周りを威嚇するようにゆっくりと歩いていった。
そういえば銃撃事件があったにしては、早く店をたたんで公園内から出て行くようにといった指示や、救急車のサイレンだとかが聞こえない。しかしただの爆竹だったにしては、警察官に尋問のようなまねをされるのも解せなかった。
考えてみれば、あの銃声と、この100万円がつながっている証拠なんて何もない。自分はただ、砂を売っただけだ。対価として100万円をもらった。店番を頼まれていたのだからしょうがない。あれがどんな砂かなんて知らない。
そのうちアイツ、いや、レックス・ルーサーは戻ってきて「悪かったな、店番代だ」といって、この100万円の中から、5万円くらい抜いてくれるに違いない。
そうだ、何も悪いことなんてしてない。
ここでただ、店番を続けていればいいんだ。
待つのが大嫌いな嬉色は、1人でも並んでいる飲食店には絶対に入ろうとしなかったし、アトラクションの待ちでイラついてケンカになるのが目に見えているから、テーマパークに行くようなこともなかった。
だからアイツは、嬉色を決して待たせることをしなかった。いつも待ち合わせ時間の15分前には現地に到着しているし、スーパーに一緒に買い物に行くときには、レジで誰かが並んでいるのを見ると、「何か買い忘れてる気がする」といってレジが空くまで時間を引き延ばしていたものだ。レジくらいいいのにと正直嬉色は思っていたが、その心遣いが面白くて、いつも後ろから笑って見ていた。
だから嬉色は、今も待つのではなく、あくまで店番をしているという意識で臨んでいた。ジュラルミンケースの中身も確かめない。お客さんがきたら適当に値段を、いささか高めに設定した値段を提示する。
時間が経つごとに、店をたたむ人間が増えていく。15時半になると、半分ほどの店が帰り支度を済ませている状態になった。スタッフらしき人物も、そろそろ終了してくださいという旨を伝え歩いている。
嬉色がそれまでに売ったのは、携帯ラジオ、ただひとつだけだった。しかしその携帯ラジオも「イヤホンが付いていないことに気付いた」ということで、10分後返品されている。
そして16時。
ついにレックス・ルーサーはやってこなかった。
16時を過ぎてもそのままにして待っていると、黄色い半袖のジャンパーを着た若いスタッフが、嬉色の前に立った。
「もう時間なので、そろそろ終わってくれますか?」
ニコニコと笑顔で笑いかけながら言う。NHKに出てくる体操のお兄さんのようにさわやかで、誰にでも好かれそうに見えた。
「終わりたいことは終わりたいんですけど」
「なんでしょう?」
「本当のお店の人が、どっか行っちゃって。私は店番を任されただけなんです。」
「いつ帰ってくるんですか?」
「さあ……。そういうことは何も。すごく迷惑してるんですよ。まだお昼も食べてないし」
「それは迷惑ですね」
男は急に無表情になって、じっと嬉色の顔を見た。
「とりあえず、片付けてもらえます?」
男はパンッと、自分の太ももを平手で叩いた。こっちも仕事なんだから、つべこべ余計なことを言わず、早くここから出ていってくれと言いたげだった。
「いえ、まだここにいます」
「困ります、時間は守ってもらわないと。週に1回のフリマがこんなに続いているのは、みんなが規則を守ってくれているからなんですから」
「物は売りませんよ。ただ公園で座ってるだけです。それでもダメですか?」
「ダメです。こんなに売り物が置いてあるようじゃ……。売らないなら売らないで、これじゃまるでホームレスじゃないですか」
「ホームレス? 何ですか、その言い方」
「どっちにしても、迷惑ってことですよ。最近はホームレスか出店者かよくわからないようなのもたくさんいて、もうこっちは……、ふん」
そう言って苦笑いする男に、空腹の嬉色はブチンと切れた。
「なんですかそれ。……は?」
男の苦笑いの度が増す。
「怒られるのはこっちなんですよ。あなたがどいてくれないと」
「そんなこと、あの世間知らずなハゲ頭に言えばいいでしょ。あなたが誰に怒られるか知らないけどねえ、すでに私が怒ってるのよ。なんで私のせいになるわけ? ちゃんと管理してないのは、あんたたちの方じゃないの? あんなハゲ頭に出店許可出したのは、どこのどいつよ!」
お腹が減ってたまらないこともあって、嬉色の機嫌はどんどん悪くなる。男はこれみよがしに、大きなため息をついた。
「次周ってきたときにまだいたら、次回からの出店を禁止します」
最後に中途半端な権力をふりかざして立ち去った男は、それから2時間経って嬉色がやっと片付けを始める頃になっても戻ってこなかった。
2時間の間、嬉色は暇つぶしに、商品らしき1冊の本を読んでいた。
本のタイトルは「宇宙人に会った」。
なんて大胆な告白だろう。「UFO大接近」という副題付きだ。宇宙人の健康診断をした医者だとか、石鹸の泡のような宇宙人と格闘したおばさんの話だとか、いかにもうさん臭い証言の数々をあくまでマジメに書いた、いわゆるトンデモ本だ。裏表紙には100円の値札が貼ってある。
でもこんなトンデモ本の話も、あの日のあいつに比べたら、そこまでトンデモなくない。
嬉色は何度も、あの日のことを頭に浮かべた。
「あのドアが開いたんだよ。中にえらく大変なものが……。もう時間がないんだ、早く見つけてやらないと。ここに来た人たちが死んじゃう。これがどういうことか、わかる?」
もちろんわからず、嬉色は涙を流しながら首を振った。明日は自分の25歳の誕生日だというのに、しばらく一人になりたいと、あいつは言い出したのだった。
「どう説明したらいいものかなあ。全部は言えないし。だからつまり、その……」
いつもなら泣いている嬉色を抱きしめてくれるはずだったが、その日のあいつは、様子が違った。ひたすら焦って、頭をかきむしっている。泣いていることにさえ気付いていないのではないか。
いつかこんな日がくるんだと嬉色は覚悟していた。いつもそうだ。
2人の関係が危機に陥ったとき、相手の眼は私の眼を見ず、どこか遠くを見ている。
そしてあいつは言った。
「その、突き詰めて言うとさ、地球の危機ってことなんだよ!」
嬉色は右手を大きく振りかぶり、彼の頬に平手打ちした。
パシーンと音が鳴り、あいつは、五島和海(ごとう かずみ)は床に倒れた。
そして嬉色はバカ笑いを始める。眼から涙を流しながら、床に倒れたカズミを指差して大笑いする。なぜ自分がこんなことをするのかさっぱりわからなかったが、そうするよりほかなかった。
その30分後、和海は出て行った。
荷物はとりあえず自分の家に持っていくことにした。2回か3回に分けないと持って帰れない量で、気が沈む。
レジャーシートのあったところには、書置きを残しておくことにした。ノートとボールペンがちょうどあったので、1枚やぶって書いたのだ。
荷物は預かった。ここまで連絡されたし。090-×××-××××
近くに落ちていた枝を拾って、紙をブスっと一刺し、土に深くつなぎとめた。携帯番号が公衆の面前にさらされることとになったけれど、嬉色はさして気にしなかった。どうせもうすぐ番号を変えるつもりだった。
さっき1枚やぶったノートを、片付けがてらパラパラとめくってみる。まっさらなノートだと思っていたのけれど、一番最後のページに、何かずらりと一覧書きされていた。
非常袋 3,000円
黒い鍋 1,500円
本類(文庫) 200円
どうやら商品名とその値段らしかった。汚く、いかにもヤクザっぽい暴力的な字体で殴り書きされている。
キャットタワー 10,000円
香水 1,000円
ラジオ 800円
キャットタワーも、この字体だとまるでホラー映画のタイトルだ。もう売れてしまったのか、一覧にはあって、レジャーシートの上にないものもあった。キャットタワーはまだある。一番持って帰るのが大変そうだ。
そうして一番下まで流し読み、最後の行に嬉色は思わず息を呑んだ。
砂 500万円
「うげ!」
こうして嬉色のフリマチック・パーク1日目が、終わった。
最近の記事
- 第4回「一時、撤収。…
- 07/08 01:48
- 第3回「ゴクミ男と銃…
- 03/15 18:32
- 第2回「お昼のフリマ…
- 01/24 01:55
- 第1回「真夜中のトマ…
- 01/01 23:25
- はじめのご挨拶をば
- 01/01 23:22
| 日 |
月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
土 |
| |
|
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
| 6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
| 13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
19 |
| 20 |
21 |
22 |
23 |
24 |
25 |
26 |
| 27 |
28 |
29 |
30 |
31 |
|
|